阪急電鉄
2301勇退

※2301以外2309、2323の画像も扱っています。

 平成十六年十月十九日、阪急電鉄嵐山線の運用に入っていた2300系2301編成が勇退
となった。
桂から観光地である嵐山を結んでいる路線の運用に就いていることから、同胞2309と共に
幾度も乗車したことがあり、引退と聞いたときはやはり寂しく思った。
 9300系が出てからも、かすかな引退の説が出ていたが、「まさか引退はまだ早いだろう」と
言い聞かせていたのだが、それもすぐやってきてしまった。
 とある日に阪急電鉄ホームページを見たとき、「2301の勇退を記念しまして・・・省略」と言う
イベント開催の内容が書かれていた。
 これは行きたいと言う思いと共に、とうとう最後なのか・・・と言う思いが入り交じった。
 阪急電鉄も今回は力が入っているようで、引退までの約一ヶ月程、「2301×4R勇退記念」
と書かれたマークを提示して、いわゆる二枚看板で運転された。
 当時の阪急電鉄で運用に入ってる中では最古の車両であったからであると言うのが理由であ
るのかもしれない。
 2300系は昭和35に登場し、翌年の36年には日本で初めてのローレル賞を受賞した車両で
もある。
 トランジスタ等を利用した制御装置を備えることから「人工頭脳で走る」と言うフレーズが当時
のパンフレットにも書かれている。
 イベント当日には多くのファンが集まり惜しみなくシャッターを切っていた。特に当日、2301が
撮影会で運用に入れない為、2309、2323が運用に充当されており、ホームを挟んで並ぶ度
に、毎回一斉にシャッター音が鳴り響いた。
 通称板車同士の並び(2301・2309)が嵐山駅で並んだのはこれが最後となったであろう。
 車内では部品が売られ、勇退記念のミニチュア円板(ヘッドマーク)は即完売していた。
 その他のグッツももの凄い勢いで売れているようで、帰るときには2301関連のグッツは殆ど
完売していた。
 列車全面部でも、多種多様の円板・角板(ヘッドマーク)が付けられ、ファンを喜ばせた。
 特に最後のEXPO準急が設置された際は、あまりに多くのファンが居たために、係員の方が
撮影時間を延長して下さるという事となり、大変感謝しております。
 従業員の方々がご覧になっておりましたら、この場で御礼申し上げます。
 「当日は多種多様なイベントで大変楽しませていただきました。誠にありがとうございました。」
 そして特に大きな混乱も無くイベントは終了した。
 桂までの返却時、松尾にて停車を撮ろうとしていた私であったが、残念ながら通過してしまった
上に、F16の1/15に設定していたため、結局1発も回送看板との2枚看板は撮影できなかっ
た。
 それから何日か桂・松尾・嵐山駅に撮影に行き、最後の姿を撮影していたが、明るい時間の
松尾駅は比較的賑わっていたのであるが、夜になるとさすがに殆ど姿が見えなかった。
 嵐山駅の灯りに照らされる2301・2309は大変美しく、引退を関係なく撮影を楽しませてくれ
た。
 そして10月19日夜、彼は各停車駅で多くのファンに迎えられ、正雀工場へと回送されていっ
た。
 幸いなことに、両先頭車の2301・2352は現在、正雀車庫内に保存されており、一般公開で
その雄姿を見せてくれる。
 阪急電鉄ではその他にも数両保存車を有しており、今後も大切に残していってほしいものだ。


平成二十年三月二十三日書

・2300系とは?・
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・2301、2309の写真・
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動画編
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