ありがとう165系

 平成14年3月24日、関西圏から1つの形式が消滅した。
 その形式は165系。全盛期には全国各地を走っていた車両だ。
 165系は、1963年3月勾配区間を走れる急行形電車として登場。
 先に急行形電車として活躍していた153系と比べると、耐寒・耐雪構造とし、モーターの出力増強、
抑速ブレーキの装備、主抵抗の増強、新形空気ばね台車使用による乗り心地の改善などが行われ、
勾配区間だけでなく、全国何処でも走れる電車であった。
 今回引退を迎えた日根野区の165系も、1986年11月改正で、紀勢本線の客車列車を電車化する
為に、松本運転所から転入してきたものだ。
 車両は急行形だが、日根野区に転属してからは定期急行運用は無く、主にローカル列車の運用に入っ
ていた。
 引退間近の頃も、主に和歌山〜紀伊田辺間の普通運用に入り、唯一ロングランとなっていたのが、
新大阪〜紀伊田辺間の快速運用であった。
 先代から受け継いできた緑とオレンジの湘南色は、湘南電車やカボチャ電車の愛称で親しまれた。
 しかし、最終グループが登場してからでも、車歴35年に達しており、老朽化による廃車が検討され始
めた。
 そして、日根野区の165系も、平成14年3月のダイヤ改正で廃車が決定となった。
 同年3月24日、紀勢本線を「快速 ありがとう165系」と言う列車名で、さよなら運転が行われた。
 沿線には引退を惜しむ多くのファンが集まり、西日本最後の165系を見送った。


宮前駅を通過する6連最終列車


車掌台には始発駅で渡されたのか?多くの花束が載せられていた。


専用に造られた専用ヘッドマーク。


日根野区へと最後の家路。杉本町にて休憩中の様子。


杉本町を発車し日根野へ。後日、彼は日根野区・・・鉄路から去っていった・・・。
全盛期は多くの急行列車として多くの人々を運び、一時代を築いた165系。
お疲れ様165系。そしてありがとう・・・。

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