さらば、寝台急行 銀河

 平成20年、3月14日、東海道本線から1つの列車が最後を迎えた。
 東海道本線を、59年間走り続けた、「急行 銀河」である。
 1949年9月15日のダイヤ改正で、東京〜神戸間で運転が開始された。
 その後季節によっては増発されたり、明星との統合、紀伊との併結などの
歴史を持つ。
 走るホテルと称賛された、20系客車も使用された列車の1つでもある。
 上下列車共に、東海道新幹線の最終列車発車後に始発駅を発車、新幹線
始発列車到着前に、終着駅に到着すると言うメリットがあった。
 つまりホテルで寝ている間に目的地に付くという便利な運転時間帯であった。
 価格も、全区間をB寝台利用で、新幹線の「のぞみ」普通指定席券乗車運賃
と大差ないという比較的安値とされていた。
 そのため、ビジネスマンの乗客が多く、また行楽期には家族連れの姿も多く
見られた。
 しかし近年、高速バスの値下げや、宿泊施設の広がり(ビジネスホテルの値下
がり)等もあり、乗車率が低迷していた。
 また全国的に客車列車が激減しており、寝台列車においても次世代車両の
登場は無く、車体の老朽化も深刻な問題であった。
 なお最終期に使用されていた24系客車は昭和48年〜55年に製造され、最長
なら平成20年現在で35年を迎えることとなる。
 時代も、早い・安い・快適などが求められる時代。寝台列車はある意味、時代に
取り残されてしまった存在なのかもしれない・・・。
 長い時代、多くの人々を乗せて走った列車は、見えないレールへと向かい、走っ
て行った・・・。
2008/10/12書

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ヘッドマークも無く目立った存在ではなかったが、本来の夜行急行の姿であった。


淀川橋梁を渡り、終着大阪は目の前。


大阪駅10番線に入線した急行銀河。上り銀河の旅は、毎日ここから始まっていた。


スノープラウを装備した1100番が牽引。関西圏ではもうあまり見ることができない。


スーパーエクスプレスレインボー牽引用として真っ赤に塗られた1118号機。銀河終最終期には幾度か牽引に就いた。


1019号機が無い今、唯一の赤い65と言う事で、人気が高く牽引時には多くのファンが集まった。


観覧車との一枚。今では消滅してしまった大阪駅11番線からは、様々な撮影をすることができた。


11番線に単機回送が到着。お陰で編成撮影は撮れなくなってしまったが、視点を変えれば貴重な写真を撮る事ができた。


大阪を去り行く銀河。


テールマークを後に、東京へと向かう。

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