寝台特別急行 なは

 「なは」は昭和43年10月、昼行の気動車特急として新大阪〜西鹿児島間で運転が開始された。
 名前の由来は、当時米国占領下にあった沖縄の返還を願い、公募を行った中から選ばれたものである。
 後の昭和48年10月、電車化されるが「なは」は登場時からしばらくは昼行特急であった。
 昭和50年、山陽新幹線の全通と共に電車使用の夜行列車化され、昭和59年からは24系客車となり
その後引退まで続く事となる。
 平成に入ると、普通座席車「レガートシート」やB個室寝台「デュエット」等が連結され、サービス面の
向上が図られた。
 平成9年、「はやぶさ」が熊本発着になった以降は、西鹿児島に乗り入れる唯一の寝台特急となる。
 その後平成16年、九州新幹線の開業により運行区間の一部が「薩摩おれんじ鉄道」の管轄になったため、
「なは」も熊本駅発着に変更された。
 平成17年、「彗星」の廃止と同時に「なは」が「あかつき」との併結運転を開始し、単独運転が終了。
 そして3年後の平成20年3月14日、時代の流れには逆らえず39年半の歴史に終止符を打った。

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EF65 1124牽引で、次位にマヤを連結した編成。
長区間の軌道検測の際はマヤ34が寝台列車に連結され、変則的な編成が名物でもあった。


EF65 1125の牽引。
2両目に連結されているのは、元サロ481形のオハ24 301レガートシート車。
元々が電車なだけに、車体や屋根の形状が客車とは異なっていた。


検査上がりのEF65 1128が牽引。
新大阪駅発着最後の寝台特急にも、いよいよ最後の時が近付いていた・・・。


最終下り列車は、EF65 1136の牽引であった。
ホームにはいつもと変わらぬ家路を目指すサラリーマン。
最前部には見送りに訪れた大勢の鉄道ファン。
一時代を築いた列車がまた一つ消える瞬であった。


晩年、数回運転が行われたEF66牽引の「なは」。
この日はEF66 42であった。


最終上り列車はEF66 50の牽引であった。
運用の都合から、牽引機及び編成の一部が変更されていた。
この後「あかつき」との併結運転を開始し、引退まで鉄路を走り続けることとなった。

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