急行だいせん
平成16年10月9・10日、JR福知山線・山陰線を久々に急行だいせんが客車で運転された。
このだいせんの歴史は古く、1958年(昭和33年)より運転を始め、当初東海道−山陽−伯備
−山陰線経由の急行列車として運転を開始。後に東海道−福知山−山陰経由となり、昼間は
気動車での運用、夜行は客車での運用となっていた。
使用されていた車両も旧客、10系、20系、12系、14系(寝台車)や、キハ55、キハ28、
キハ58、キハ65等が運用に入り、郵便車に50系が入った時代もあった。
編成も長い時代は9両編成となっていたが、年々編成は短くなり、最後の客車運用期には
12系+14系(寝台)の5両と短くなっていた。そして客車運用が終わり、キハ65(エーデル)での
2両編成の運用となった。引退を間近にした時には4・6両で運転されることもあった。
そして「懐かしのだいせん号」運転当日、京都総合運転所を発車し、高槻駅に長時間停車
すると言うことで向かったが、入線時間が近くなるにつれ人は増え、最終的にはものすごい
人数が集まった。高槻駅で撮影を済ませ、テールマーク側を撮影したかった私は大阪駅
へと向かったが、こちらもものすごい人の数。入線した3番線はファンで溢れていた。
そして列車が入線しホームは最高潮の雰囲気を迎える。惜しみなくシャッターを切る人、
ビデオを構える人などいろいろいたが、停車時間長いようであっという間に過ぎた。
そしてだいせんはゆっくりと大阪駅を発車し、一路出雲市へと向かった。

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