あおぞら
(近畿日本鉄道あおぞら号)
全国各地の鉄道を見ても修学旅行専用団体車輌を保有しているのは、近鉄だけであろう。
過去には国鉄(現JR)も保有しており、愛称にもきぼう・ひので・おもいで等、各地区で
多く存在したが、新幹線の登場と共に移行が始まりやがて消滅した。
あおぞら号の歴史も古く、初代あおぞら号は1962年2〜4月に世界初のオール2階建て
車輌の20100系として登場した。座席定員も凄く、3両編成ながらもなんと398人も乗車
でき、標準形特急車輌の6両分に相当すると言う。しかし老朽化と冷房装置が無く、また
それを設置する為のスペースが確保できなかった為、後にあおぞらUが誕生した。
その後お別れ運転が行われ、第1編成を残し全て廃車となり、平成2年12月に保有車両数
2000両突破記念のイベントで最後の走りを見せ、翌年1月に廃車となった。
あおぞらUは1989年に1966年に登場した18200系の改造車として誕生した。
改造内容は車内内装の全面変更・座席の取り替え(但し、転換クロスシートのままとされた)
・トイレの改修・テレビ、ビデオ装置の設置・運転席に前面展望を映すカメラを装備等で
あった。しかし18200系自体が、デビュー当時京都線や橿原線は、当時車両限界が大阪線
などに比べて小さかった為、直通運用を行う為には車体幅を小さくする必要があった。
しかし現在においてはその車体幅が影響し定員が少なくなってしまっていたことと、
種車が初代あおぞらの登場と4年しか変わらない車輌であり老朽化が進んだ為、
平成17年12月より、12200系を改装した15200系を投入し、初代あおぞらUは引退
することとなった。この15200系は前面及び側面の方向幕が撤去・塗装の変更等が
行われている。また種車の構造が先頭車と中間車で違う為パンタグラフが
下枠交差式パンタグラフと、ひし形パンタグラフと違いがある。

また内装も中間車と先頭車では違いがある。

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尼辻〜西ノ京を通過する6連。最後尾の車輌がポールにかかってしまったのが残念><
しかしまあパンタが多い編成です。


久々に回の丸看が付けられて回送されていた。


引退を惜しんで記念看板が付けられ運転された初代あおぞらU。


最後に見た時は丸看の貸切であった。

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