0系新幹線

 0系新幹線は、戦後高度経済成長期象徴の一つとして、1964年に開業した東海道新幹線
の初代新幹線である。
 0系は、1986年に製造の38次車までが造られ、製造両数は3216両となっている。
 旅客機のような丸みのある先頭形状と、それまでの鉄道車両には無い独特の形状、白に青い
ラインと言う鮮やかな塗装が人気となり、新幹線のイメージを確立させた車両であった。
 1965年には、第8回ブルーリボン賞で受賞されている。
 史上初の高速鉄道専用車両ということで、多くの新機軸が採用された他、航空機に対向し、
様々な工夫が行われたという。
 引退後も数多くの機構や考えが、後の新幹線車両に生かされている。
 新幹線との縁があまり無かった私ですが、引退前の少しの期間撮影をすることができました。
 と言っても近所の撮影が多く、あまり面白いものがありません。
 近所のマンションから撮影したりしているものもありますが、この当時は撮影していてもお家から
人が出てきて、
「おや、今日も0系目当てでカメラの人が居てるね〜」
「お邪魔しています。いつも居てるんですか?」
「ここは眺めがいいからたまに居てるよ」
のような感じで、今よりも少しのんびりした時代でした。
 つい最近の話のように思いますが、近年は時代の変化が激しく、遠い昔のようなことになってし
まったとも思います。

2013/1/11 書 


 2005年3月〜4月の間、山陽新幹線博多開業30周年を記念して、特徴ある大きい
先頭の球体部に記念マークが描かれた。


 ウエストひかり塗装であるが、既に他の編成は当時行われていたグレーの塗装に変更
されていたため、最後の白・青のカラーリング車となっていた。


 2002年頃から、0系や100系で塗装変更が行われそれまでの新幹線スタイル
(白に青ライン)が消えていった。


 初めて新幹線を撮影しに行った新大阪駅。
 0系の他、隣に停車していた300系も今となっては過去となってしまった。


 テールライトにも、どこと無く愛嬌がある車両だった。


 ドクターイエローも0系だった。
 検測車も時代と統一する必要があり、700系に役目を譲る事となり引退した。
 離合する500系も、既に東海道から引退している。


 いつしか、見ると幸せになる黄色い新幹線等など、いろいろな呼び方ができている
そうだが、この頃はそんな呼び名もあったのだろうか?

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